介護士に転職 年収減でも家内を説得できた私の理由
社会復帰を前にして やっぱり会社が怖いのか
後味最悪の怖い夢 2日連続でみる
いよいよ入社日まであと一週間となりました。前職の最終出勤日が1月7日。そこから約2か月半「会社に行かない生活」をして来ましたがもうすぐ終わりです。終わってみれば、あっという間の2か月半でした。「あっという間」と思えるという事は、一応、充実して過ごすことができたのかと自分では前向きに捉えています。
しかし、一昨日、いわゆる「怖い夢」を見ました。職場でデスクワークをしている夢です。何か仕事をしているのですが、思うように進捗せず、期限を気にしてばかりいる自分がいます。期限を気にするばかりに仕事に集中できない悪循環。
思うように仕事ができずに心臓がドギマギしているところに目が覚めます。
はっきり覚えている後味最悪の夢です。起床後もしばらく心臓はまだドギマギしていました。
そして昨日、また夢を見ました。
今度はどこかの職場で挨拶をしています。「夢だから」なのだろうと思いますが、あちらこちらに場面が変わります。そして自分が挨拶しているのですが返事がない。何度も挨拶すれども返事がない。いつの間にかドギマギして目が覚める。目が覚めてもまだ心臓がドギマギ・・。後味最悪。2日連続での気持ちの良くない起床。
社会人モードに心が戻る 緊張感が蘇る
2月下旬、内定連絡が来た日、それまで気づいていなかった「気持ちの変化」に気付きました。「社会人モードに戻った」感じでした。
それまでの2か月程は初任者研修を受講し、介護施設体験業務に励み、介護業界の企業研究を行いと日々しっかりと活動してきたつもりですが、やっぱりフリー、やっぱり無職です。現職中より圧倒的に自由な時間は多く、心の底のどこかに緩みがあることは否定できませんでした。
それが、内定連絡をいただいた後、自身の心境がギュッと引き締まった・・と言うか、現職時の心境に戻った感じでした。緊張感のある感じ。引き締まった感じ。
「あぁこんな感じだぁ」などと少し懐かしさも感じながら、「社会人」たる感覚が戻ってきたのです。
この感覚、この緊張感こそ社会人!
そんな心境でした。
蘇ってきた悪い緊張と悪いストレス
しかし、戻ってきたのは、そんな「良い緊張感」だけではありませんでした。
異動連発で全くモチベーションの上がらない業務。不当に消化し切れない業務量を押し付けられてのサービス残業。ストレスまみれの人間関係。いつしか「身体の一部」にさえなってしまった「悪い緊張感」もモレなく蘇ってきたのです。
正社員としての社会復帰を前にして、自身の心理を抉り出されたような心境でした。やはり心の奥底では「会社」に対する恐怖心を取り除けていない。転職先が決まっても「リストラ・パワハラ」に心折れてしまった自分に対しての自信が回復したわけではないのです。
この2か月半、あまり考えないようにして来ましたが、やっぱり怖い。会社というところに対しての自信が回復できていないのだと悟りました。
現場は入ってみないと分からない
私の場合、パワハラに関しては直接的に暴力を受けたり、「〇ね」「辞めろ」などの暴言を吐かれたりすることはなく、周囲からの孤立と冷遇(冷たい目線、冷たい態度)を受けました。
はっきりとした攻撃ではなく、日常的に少しずつ攻められているような形だったので、決定的な傷や言動がないため、いわゆる「ハラスメント相談窓口」などに相談しても、ほとんど相手にしてもらえませんでした。
でも、精神的に追い込まれ、全く前向きになれなくなったことは事実。退職を決意したものの退職理由を「会社都合」として立証することも難しく、やむなく「自己都合退職」とする。「泣き寝入り」です。
だからやっぱり残ってるのですね。「職場内での冷遇に対する恐怖」。職場内で露骨な仲間外れになることの恐れ、全く話相手のいない職場に対しての不安。この辺は実際に職場に入ってみないとわかりません。「やってみなければ分からない領域」です。
でも切り抜ける でも乗り越える 私の方法
では、どうしたらいいのか、今までもこのような「怖さ」を経験したことはあったはず。その時どうして来たか、どう切り抜けて来たか考えてみました。
私の場合、先々までいろいろ考えすぎて自分を不安に陥れてしまう悪い癖があります。いろいろなことを考えれば、そりゃ「うまく行かないかも」と思えることも出てきます。人生、万事完全に対応できるなんてことありませんから。。
いろいろなことを考えれば、そんな「うまくいかないかも」が積み重なって大きくなり、やがて「不安」や「恐怖」に代わってしまいます。
今の私にしたら「そもそも介護の仕事はできるのか」「職場の人間に馴染めるのか」「年下の先輩と接することができるのか」「下がった年収で家計が耐えられるのか」・・考え出したらキリがありません。なにもかも不安です。。。
だから考えないんです。考えても無駄だからです。
今は目の前のことを「ひとつずつ実行」すること。「ひとつ終わったらもうひとつ実行」する。これを繰り返すだけ。「ひとつずつ」「一件ずつ」「一歩ずつ」。
そう考えると不思議に落ち着きます。
近くは半年ほど前、仕事に対するモチベーションも上がらず、職場の人間関係も最悪、朝起きて出勤することにどんなに恐怖を感じたか・・あの時期も、この「ひとつずつ」で乗り越えてきました。
「まず布団から出る」「次に部屋の電気をつける」「次に着替える」「着替えたら布団を押し入れに片づける」
こんなレベルです。一動作ずつ一個ずつ・・。「布団から出る」にストレスなんてありませんから。こうやって「ひとつずつ」バラバラにして考えると、案外「怖い」場面って少ないんです。
そして、今も同じようにやり始めました。「ひとつずつ考え」「ひとつずつ進める」。この繰り返しで、今考えている「不安」や「恐怖」を乗り越えて行こうと思います。
転職における私の失敗 23年前のしくじり
採用決定に心から喜べない理由
今回私は二度目の転職をしました。いろいろな方々のサポートをいただきながら、比較的スムーズに新しい就職先を決めることができましたが、一方で「転職成功!」と手放しに喜べない自分がいます。その原因は「一回目の転職」にあります。
結論から言えば、私は転職先に「採用されたこと」がゴールになってしまい、採用されたことで完全に気が抜けてしまったのです。
そして、気の抜けたまま仕事に入った私は同僚の信頼を失い、上司の信頼を失い、やがて職場の信頼を失い、最終的に会社内を転々と異動する「都合の良い使い回し社員」となり、23年後には精神的に追い込まれて54歳で自己退職することとなります。
結局、一度外れた「タガ」を取り戻すことができず、会社内において完全な敗者となりました。
23年前の失敗 採用がゴール
23年前、新卒採用から5年勤務していIT系のシステム会社から「一回目の転職」をしました。こちらも半年かかりましたが、4~5社目で採用が決まり、ある程度順調に転職活動が進みました。前の会社と同じようなIT系技術職。希望の叶った転職。意気揚々と仕事に臨むところなのですが、当時の私の思考はこうでした。
「これでもう大丈夫」
比較的安定した会社だったため、会社が倒産するような可能性は低く、また、ワークライフバランスもしっかり保ちながら生活できる・・「安定志向」が心の中を支配し、仕事に対する想像力が停止。思考力が停止していることを感じていました。
「このまま流れに乗って行けばいい」
新しい就職先へ「採用されること自体」をゴールにしてしまい。採用された後は心のギアがニュートラルになり、何もかも「指示待ち」「言われたらやる」という心構えに変わってしまいました。
このことが、その後の23年間尾を引き、修復できず、精神的な苦痛を伴った50代での退職に追込まれる根本的な要因となってしまったのだ・・と今では思います。
修復できなかった根本的なつまずき
23年の間に修復できなかったのか・・という疑問は残ります。もちろん修復の機会はいくらでもありましたし、自身でも努力したつもりでした。でも、会社組織の中で一度失ってしまった信用、一度失ってしまったキャリアを取り戻すことができませんでした。
上司・同僚の信頼を失う
「信頼を失う瞬間」って何となくわかりますね。
上司の質問に上手く答えられずにいると他の同僚が変わって答えてしまう。お客様の電話対応に失敗したのに後にフォローの電話を入れず、他の同僚が代わりに対応してしまう・・。
前の会社に入社してしばらく、このような事が何度かあり、私は次第に上司・同僚からの信頼を失っていることを察していました。職場の中で「仕事ができない」というよりも「真剣さが足りない」と思われてしまう。職場において「仕事に対する取り組み姿勢」を疑われるほど不本意なことはありません。上司からも同僚からも「同期の中で格下」と扱われるようになって行きます。
私の失敗は、そこで「信頼を回復するような行動」をせず、「まぁ、格下のような立場でもいいや」と心の底のどこかで思ってしまっていた事です。
敗北は自分の内部から生じる
アメリカの作家エルバート・ハバード氏の言葉で「自分の内部から生ずる敗北以外に敗北は存在せず」というものがあります。当時の私はまさに自分から敗北を受け入れるような行動をしていました。そのくらい「転職したことで満足」してしまっていたのです。
会社というところは「敗者」からは徐々に人が遠ざかって行きます。同僚は上っ面だけの会話となり、上司の風当たりは強くなります。完全無視する人も出てきます。
ある時、普段は別のフロアにいるA部長が私たちのオフィスに来て、20人ほどいた社員一人一人に丁寧に声掛けしているのに、私だけ露骨に無視・・なんてこともありました。私はよほど悪評だったのでしょう。その裏付けに数年後には数人いた同期社員全員が昇進、私はそのまま・・という状況になります。
入社12年後に出てしまった事実上の左遷
止められない転落 使い回し社員となった50代
介護職員初任者研修 実際に受けてみた体験談
介護職の全体的な感覚が分かる
介護職員初任者研修の受講が終わりました。修了試験も無事合格して修了証の発行待ちというところです。テキスト学習と実技スーリングのセットですが、研修を終えて率直なところは「あ、結構できるようになるんだ(介護が)」でした。
もちろん何もかも未熟ですが、介護のなんとなくの全体的な感覚が身に付いたと実感することができ、大きな収穫であると感じました。
介護職に就こうと思う方は、やはり初任者研修は受けておくと無難と思います。
■初任者研修受講開始までの流れ
私の地元の自治体に「福祉人材センター」というところがあるのをネットで見つけ、早速相談に行きました。第一の目的は「54歳未経験でも採用してもらえるのか」という事を確認するためでしたが、センターで「介護職への転職を考えているという前提なら無料で受講できる」ということで紹介していただきました。
一般的に地元の自治体で開催するものでも数千円から2万円くらい。資格スクールなどで実施するものは4~10万ほど費用がかかります。教育給付金制度などを利用して「受講後にお金が返ってくる」形を取る方も多いですが、それでも数万円の実質は必要になります。
それが「無料」。
この時点で既に介護職への転職は決めていたので、早速申し込むことにしました。
自宅学習とスクーリングの併用コース
さすが自治体が用意するものだけあって、地元の様々な地域で実施が予定されていました。自宅から通いやすいコースを選ぶことができるのですが、私は「感染症対策特別措置コース」を選びました。
本来、初任者研修は15日ほど学校に通うのですが、私の選んだコースはテキスト学習は自宅で行い課題提出のみ。実技だけ6日間学校に行って学ぶというものでした。
15日通学した方が同じクラスの方々とも親しくなれ、学習自体もより理解度が高いのではとも思いましたが、現実的に学校までの交通費や昼食代など考えると結構な出費になります。会社を退職して無職の身分、なるべく出費を抑えたいところなので、あえて特別措置コースを選びました。
テキスト学習は自宅にて課題を行って提出
1月~2月上旬まで「自宅学習」でした。テキストは400ページほどのボリュームのものが2冊。加えて提出課題用のレジュメが10冊。レジュメの問題(5者択一)に回答して提出します。問題はテキストを調べながら回答することが許されているので、しっかりテキストを読めば回答できる形です。
ただし、1回で10問ほどの場合もあれば、1回で50問ある場合もあり、この辺は自分でペース配分しながら取り組みました。私は1日3時間で週6回のペースでやりました。まぁ、会社を辞めていたので可能だったのかも知れませんが、朝5時に起床して一番眠くない朝食前の時間(5時から8時)を使いました。
問題回答後、課題は郵送で学校に提出。採点されて返送されます。返送された課題にA~Dの評価が記載されており、D評価(70点未満)ですと再提出です。私は頑張って10回分すべてA評価(90点以上)でした!
実技スクーリング 人間関係に緊張
2月中旬からスクーリングが始まりました。全部で6回。終わってみればあっという間でしたが、やっぱり「人間関係」というところで少し緊張感はありました。
もういいオトナですけど、やっぱり全く初めての人と関わり合うのって始めは緊張するものですね。ただ、年齢・経験差などあっても「初任者研修」という部分では皆横一線。「同じクラスの仲間」なんて何十年ぶり・・少し新鮮で照れくさい感じもありました。
初日の朝一から「では今から2人組になってください」と言われ、2人組になったり4人組になったり。まぁ人と関わるのが好き、嫌いなどと言っている暇もなく、いろいろな方々と接して行きます。当然、自然に会話も生まれ次第に仲良くなっていくのですが・・。この辺はやっぱり皆オトナですね。実習が終わると何となく微妙な空気が流れて、おしゃべりする人、一人でくつろぐ人・・復習する人、トイレに行く人などなど様々です。
私は結構周囲の方と話しましたが、やっぱり休憩時間は何となく気まずい空気に悩まされました。オトナ同士の短期クラスなんてそんなモンかなぁー。などと割り切って過度に神経を使わないようにしていたら「何となく溶け込んで」「何となく乗り切って」しまいました。
また、1時間の昼休みは私は外出して学校そばに広場があったので、そこで一人コンビニで買ったパンとか食べてました。教室内では女子チームが机を寄せ合って昼ご飯食べたりしていましたが、さすがにその輪の中に入り込む勇気はなく、男子はクラスに5人おり、それなりに話などはしましたが、昼休みは別行動。まぁ、実習のチームになる時だけ必要な会話をする程度でした。
考えてみれば28年の会社生活。昼休みは基本的に自席でネットなど見ながら弁当を食べ、終われば昼寝。みたいな感じでした。同僚と昼休み中しゃべくりなんてした記憶がほとんどなかったなー。
実技研修で自信と実感が湧きました!
実技研修は「杖を使った歩行介助」「ベッドから車椅子への移乗(反対も)」「食事介助」「手浴・足浴介助」「着替え介助」「車椅子から便座への移乗」「シーツ交換」「介護計画立案」など多岐に渡り大変有意義でした。
それぞれの実技はすべてしっかり「手順」が決められています。「利用者様に挨拶する」「これから行う介助内容を説明する」「体調を確認する」「尿意・便意の確認」「目覚めの確認」・・
場合によっては「私(介護者)が介助を行ってよいかどうか」の承諾を利用者様からもらったり、車椅子や杖などの自助具の点検を行ったりします。
ここまででも結構ありますが、まだ実際の介助に入っていません(汗)。
でも、これも立派な介助の一部です。まずは利用者様ときちんとコミュニケーションを取ってから実際の介助に入る・・。この辺りは実践的な感じがしました。
実際の実技演習では「健側に立つ」「患側を支える」「利用者様に前かがみになって立ち上がってもらう」「手すりをつかんで健側に重心をかけてもらう」等々、千差万別の組み合わせ・流れがあります!
え、これ全部覚えるの!(汗)(汗)(汗)
と最初は戸惑いましたが、多くの実技で共通する手順も多く、やっているうちに「コツ」を掴めてきます。この「コツを掴む」ことこそ実技では大事なのですね!
終わってみればあっという間
実技スクーリング6日目最終日。4日目あたりからは人間関係にも結構慣れて来て、スクーリングが楽しくなりかけてきたころに終わり。少し寂しさも感じつつ、最終日は実技と筆記の「修了試験」があり、結構な緊張感が漂いました。
修了試験は基本的に「今までやったところ」が出題されます。なので、しっかり復習しておけば問題なく合格。私も実技、筆記ともに合格できました。結果は試験後すぐに伝えられ、基準点に達していない場合は再試験が行われるそうですが、私のクラスで再試験になった人はいませんでした。
テキスト学習、実技スクーリングと、終わってみればあっという間。でも「何も知らない状態」からのステップアップなので、学んだすべてのことが有意義でした。
ただ、テキストも実技も「1回ざっと」学んだだけなので、実務に使えるようになるには繰り返し復習しておこうと思っています。




















