プログラマーから教員へスキルアップしたが
私は20代の頃、プログラマーとして5年程仕事をしていました。パソコンが好きでIT業界に就職し、仕事をしながら情報処理技術者の資格を取得。30代の頃に自分ではスキルアップのつもりで教育業界に転職しました。専門学校でパソコンや情報処理の知識、プログラミング技術を教える教員です。
教員職は10年程従事しましたが、30代後半くらいから学園内での雲行きが怪しくなってきました。今で言う「AIバブル」でプログラマーやシステムエンジニアを志す学生が増える前の時代です。情報処理クラスが次々と閉鎖。情報系の教員は退職するか学園内の別の部署(情報処理以外の仕事)に就くかの二択を迫られます。当時30代後半で結婚4~5年目、2人目の子供が生まれたばかりだった私は後者を選びました。
度重なる異動 徐々に下がるモチベーション
異動先は広報部。今までとは全く異なる全く未経験の仕事でしたが、家族を支えるためにと必死に努力し、一から仕事を覚え、12年学園の広報マンとして従事しました。
この時点で50歳。私としてはこのまま60歳の定年まで行きたいと思っていましたが、51歳の時に再度異動を告げられました。今度は総務部。情報処理とも広報とも異なる業種。また一から仕事の覚えなおし。広報の時もそうでしたが、また年下に頭を下げて仕事を覚えなくてはいけない。ややモチベーションは下がる感じもしましたが、この頃は、もう現状の収入を維持しての再就職など無理。定年まで学園で仕事をすると決めた以上、がんばろうと奮起し総務の仕事に取り組みましたが、2年後にまさかの再々異動。私の仕事に落ち度があったのか、当時の上司に問いただしましたが、「そうではなく次の職場で急な欠員が出たので急いで行ってほしい」とのことでした。着任して2年少しでの再々異動。しかもまた異なる職種。今度は営業職でした。
広報、総務に異動したときも同様でしたが、職員である以上、異動命令を断ることはできません。「行く(異動する)」か「辞める(退職)」かです。ここでも後者を選びましたが、この時点で完全にモチベーションが消滅していることを自分でも感じていました。
これは、会社組織を維持していくためにやむを得ない措置(異動)なのでしょうか、それとも意図的なリストラなのでしょうか?
業務指導か?ハラスメントか? 精神不安定に陥る
さらに異動先では「社員教育」「業務指導」の名の下に、ハラスメントと言っていいような扱いを受ける日々が続きました。
簡単に書けば、「今日は暖かくて過ごし易い日ですね」と話しかけると「はぁぁぁ~~あああ!!!」と威圧的な声と目付きで返事されるような雰囲気。3人しかいない部署で2人からそのような接し方をされる。これは業務指導の一環と言っていいのか。疑問は絶えず、いつしか職場でのコミュニケーションも取り難くなり、半年経過したころには精神的不安定になり職場に行くことが怖くなってしまいました。詳細は下記リンク先に書いています。
これはハラスメントでは? 私の身に起きた職場での具体的な出来事
この頃から「転職」を考え始めました。転職のことを考えている時だけが自由で楽しい気分になれる時間でした。
壊れた心で もがく あがく そして退職へ
しかし、上述したようにすでに50代(54歳)、最低限、現状の収入を維持しての転職が理想ですが、それはまず無理。でも、収入が下がってもいいので、もう転職したい…というかこの職場を脱出したい。そのくらい追い込まれた気分になっていました。
一応、プログラミングという手に職はある。これを頼りに学園の情報システム部への異動を希望しましたが、全く望み薄。「先方(情報システム部)に欠員でも出ないと異動は難しい」と上司からは言われました。というか、情報系の仕事を離れて15年。最新技術をいかに吸収して生き残っていくかという世界でブランク15年の50代を誰がほしいと言うだろうか。
何よりも「今の私の異動希望など誰が聞くか!」
そんな疑念を抱くくらい職場への強い不信感がありました。
他力本願の異動願いに頼っていられない。異動が決まる前にこちらの精神が潰れてしまう。もう、正社員でなくてもいい。ブランクがあっても一応手に職がある。ハローワークの求人を見ると「年齢不問」「ブランク可」といった求人も多い。こちらに一縷の望みをかけて退職に踏み切りました。
パソコンマニアが介護福祉職へ転職
実際の退職日までには有休消化も含めて3か月ほどあったので、現職の休暇などを利用して本格的な就活を始めましたが現実は厳しものがありました。正社員はもちろんのこと、契約社員、派遣社員ですら不採用。書類選考も通らない状況。
やはり情報システム部への社内異動と状況は同じかもしれない。全く手応えがない状況に途方もない不安と焦りを感じざるを得ませんでしたが、ここで少し考え方を変えてプログラミングの以外の仕事を探してみました。
結果、たどり着いたのが介護福祉職でした。
詳細は下記リンク先に書いています。
私は、30代後半から40代にかけて十数年来、祖母と母親の見守り・介護を行っていました。この時の経験から介護福祉業界には興味はあったのですが、現職の忙しさもあり、縁がないものと思っていました。でも、このタイミング、介護福祉業界に転職するなら今かも知れない。収入は低く労働環境も過酷と聞く業界。でも、40~50代未経験の転職は可能。しっかり取り組むことができれば70歳まで仕事をすることもできる。もう迷う選択肢はありませんでした。あくまでの利用者の立場からですが、十数年来接してきた介護福祉業界。これも何かの縁かも知れません。介護福祉業界へ転職することを決めたのでした。
祖母と母が残してくれた道筋だと信じて
ふと考えました。ただの「パソコンマニア」だった私がどうして介護福祉業界に興味を持ったのでしょう。それは紛れもなく祖母や母親の見守り・介護を行ってきたからに相違ありません。
正確には14年。最初の8年は病院へ車で連れて行ったり、日用品の買い物を代わりに行ったりする程度でしたが、後の6年は病院と介護施設の往来、母が救急車で搬送されることも度々、都度入退院手続き、退院すればまた介護施設探し、相談、入居手続き…そんなことの繰り返しでした。
でも、その経験がなければ介護福祉業界へ転職するという発想はありませんでした。その経験が、職場で精神不安定に追い込まれた私を次の仕事に導いてくれたのかも知れません。もっと言えば、祖母や母が私に最後の道筋を用意してくれていたのかも知れません。
そう考えた時、ふと涙が出ました。
そして徐々に心が安定して来ていることを感じました。
「きつい、汚い、給料が安い」という3Kと言われる業界。50代未経験からの転職者が多いとは言っても、実際は無謀な選択なのかも知れません。年齢的に考えれば、今度は本当に自分が倒れる可能性だってあります。でも、不本意だったこの十数年来の会社生活をなんとか立て直したい。そんな気持ちになることができました。
あの14年間の経験を与えてくれた祖母、母に今は感謝しています。






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